KYB(カヤバ)が免震・制震装置の試験データ偽造!そもそもオイルダンパーって何?何を改ざんしたの?安全性は?どうやって交換するの?
こんにちは、建築小僧(@kenchiku_kozou)です。
最近のニュースで既にご存知の人が多いと思いますが、免震・制震装置の一種であるオイルダンパーで国内トップシェアのKYB(製造はカヤバシステムマシナリー)が試験データの偽造を行いました。
建材メーカーの不正は、旭化成建材の既製杭に始まり、東洋ゴムの積層ゴム、神戸製鉄のアルミ・銅強度、そして今回のKYBのオイルダンパーで4社目です。
メーカーの不正が発覚した時に、一番気になるのは、不正が行われた部材を使っていても安全なのか、安全でない場合はどうやって交換するのか、ですよね?
そこで今回は、そもそもオイルダンパーとは何なのか、免震と制震の特徴、不正が安全性にどのように影響するのか、どうやってオイルダンパーを交換するのかについて、現役構造設計者の目線から説明したいと思います。
- そもそもオイルダンパーって何?
- 免震構造と制震構造って何?どこに装置を使うの?
- KYB(カヤバ)は試験データの何を偽装したの?
- KYB(カヤバ)は何で試験データを偽装したの?
- 安全性に問題はあるの?
- 問題があるオイルダンパーはどうやって交換するの?
- まとめ
- 11/15 KYBが試験データの偽装以外の不適切行為を公表
そもそもオイルダンパーって何?
そもそもオイルダンパーというのは、このような装置です。
オイルダンパーの役割は、地震が起きた時に建物の代わりに地震のエネルギーを吸収して、建物を地震から守る事です。建築に限って言えば、免震構造や制震構造で用いられます。
では、免震構造や制震構造とは、どんな構造なのか?その特徴について解説します。
免震構造と制震構造って何?どこに装置を使うの?
免震構造って何?
上図が免震構造の概念図です。免震構造とは、積層ゴムという柔らかい装置を建物と地面の間に設置する事で、建物と地面の縁を切り、地震の揺れが建物に伝わらないようにする構造です。しかし、柔らかい積層ゴムだけだと、いつまでも揺れ続けてしまうので、揺れを止めるブレーキが必要になります。このブレーキの役割をするのがオイルダンパーです。
免震構造はどこに装置を使うの?
免震構造の場合は、積層ゴムやオイルダンパーなどの装置を建物と地面の間(1階の床下)に集中的に配置する事が多いです。
地下に設置した装置の交換はどうするのか?と疑問に思うかもしれませんが、多くの場合はマシンハッチと呼ばれる免震装置の搬入・搬出で使う出入口が設けられているため装置の交換は比較的容易です。
制震構造って何?
上図が制震構造の概念図です。制震構造とは、オイルダンパーなどの地震の揺れを吸収する装置を建物の中に設置して、建物を地震の被害から守る構造です。特に高層建物の場合は、地震後にも建物が揺れ続ける後揺れが問題になるので、後揺れを抑える目的でダンパーが設置される場合が多いです。
制震構造はどこに装置を使うの?
制震構造の場合は、壁の中やエレベーターシャフトの周辺にダンパーを設置します。建物にダンパーを何基設置するかは、建物の規模や平面形状・立面形状により異なりますが、建物が高層である程、建物形状が不整形である程、必要なダンパー基数は多くなります。
特に高層建物の場合は、多くのダンパーが必要になりますが、1階あたりに設置できる基数には限度があります。そのため、必要なダンパー数を確保できるように、複数階にダンパーを設置するのが一般的です。したがって、建物が高層である程ダンパーの交換は難しいし、交換する際には多大な費用・時間がかかります。
KYB(カヤバ)は試験データの何を偽装したの?
免震構造や制震構造で多く採用されているオイルダンパーですが、KYBは試験データの何を偽装したのでしょうか?
これを説明するためには、オイルダンパーを使った建物の設計方法について簡単に説明する必要があります。
オイルダンパーには、型番ごとに性能を示す規格値が決められています。しかし、オイルダンパーは工業製品なので、製造の過程でどうしても性能にばらつきが出てしまいます。
建物を設計する時には、そのばらつきを見込んで規格値±15%のように幅を持たせて設計します(赤い範囲)。そして、製造されたオイルダンパーが設計通りのばらつき範囲内(例えば±15%以内)なのかを確認するために、書類検査と設計者立会いのもとで実際に性能検査を行います。
KYBが偽装したのは、提出書類と実際の性能検査です。
特に、実際の性能検査では、大型の試験機を使ってオイルダンパーを動かして、試験結果をリアルタイムモニターで確認します。リアルタイムモニターなので、偽装は不可能だろうと思っていたのですが、このモニターの結果も偽装されていたようです。提出書類も立会い検査も全てが偽装された結果だった訳です。
また、免震用のオイルダンパーの場合は、大臣認定の要件で基準値±15%以内で製造する決まりです。しかし、KYBは基準値±10%で製造できると言うのを売りにして受注していました。今回の偽装では、実際は大臣認定の要件である±15%を超えた製品が多くあったため、許容値を超えたものは試験結果を書き換えて出荷していたようです。自分が今まで使ってきたオイルダンパーが偽装された製品だったとは残念で仕方ありません。
KYB(カヤバ)は何で試験データを偽装したの?
KYBが試験データを偽装した原因は、納期を守るためと言われています。
どういう事かと言うと、オイルダンパーを設計通りの性能で製造するためには、組み立て・性能試験・分解、調整・再組み立て、のように組み立てと分解を繰り返す必要があります。
KYBが言うには、1回分解して再組み立てに5時間かかるそうなので、納期を守るためにはオイルダンパー1本に構っている暇がなかったのでしょう。しかも、組み立て不良で3mm程度の隙間ができたオイルダンパーも出荷していたと言うので驚きです。
安全性に問題はあるの?
メーカーが自社の利益のために製品の性能を偽造する事は、あってはならない事です。しかし、建物の利用者や持ち主が1番知りたいのは、この建物が安全なのかだと思います。
これは僕の個人的な考えですが、免震構造の建物は恐らく安全性に問題はないです。しかし、制震構造の一部の建物の安全性は非常に怪しいです。
免震ならオイルダンパーを使っていても大丈夫なの?
積層ゴムやオイルダンパーなどの装置には、規格値と呼ばれる理論上の基本性能がありますが、どれも工業製品なので製造の過程である程度のばらつきが出てしまいます。
そのため、構造設計する段階では、各装置メーカーから提示される起こり得る最大のばらつきを見込んで設計します。では、オイルダンパーのばらつきが設計で見込んだ数値よりも大きくなった場合、建物にどのような影響が出るのか考えてみましょう。
免震のオイルダンパーのばらつきがプラス側に大きくなった場合
免震構造の場合の「オイルダンパーのばらつきがプラス側に大きくなった」とは、オイルダンパーが効き過ぎて、地震の揺れを十分に遮断できなかったと考えてください。
この場合は、地震を遮断し切れないため、建物の揺れが増大し、最悪の場合は柱や梁など構造部材に被害が出る可能性がありますが、建物の倒壊までは至らないと考えられます。
免震のオイルダンパーのばらつきがマイナス側に大きくなった場合
免震構造の場合の「オイルダンパーのばらつきがマイナス側に大きくなった」とは、オイルダンパーの効きが弱過ぎて、免震層の変形が大きくなったと考えてください。
この場合は、免震層の変形が大きくなるため、擁壁などの周辺部材への衝突が考えられます。もし、擁壁などに衝突した場合は、建物に大きな衝撃が伝わるので、構造部材に被害が出る可能性があります。
結局、免震構造だと安全なの?
オイルダンパーのばらつきが変わった場合の被害の例を紹介しましたが、先程述べた通り、免震構造の場合は安全性に影響はないと考えられます。
その理由は、積層ゴムなどの他の装置に対しても、ばらつきを見込んで設計しているためです。つまり、オイルダンパーのばらつきが大きくなっても、その他の装置のばらつきが設計で見込んだ値よりも小さくなれば、建物全体として性能は問題ないと考えられます。
制震だとオイルダンパーを使っていると危ないの?
そもそも制震構造の設計には、大きく分けて2種類の設計方法があります。
1個目の設計方法は、付加制震と呼ばれる方法です。付加制震では、建物は耐震構造の規定を満足するように設計して、地震後の後揺れや万が一に備えてオイルダンパーを設置します。
この場合は、建物自体が耐震構造として成立しているため、オイルダンパーがなくても建物の安全性には問題がないです。つまり、オイルダンパーの性能が多少悪くなっても、建物の安全性には問題がないと考えられます。
2個目の設計方法は、大臣認定を取得する方法です。この設計方法は、詳細な解析・設計を行った上で、大学教授などによって組織される性能評価委員会の評価を受けた後で、国土交通大臣の認定を取得します。
この場合は、建物の柱や梁を小さくできる反面、建物が耐震構造の規定を満足していない場合が多く、ダンパーに頼った設計になっています。したがって、ダンパーの性能が悪くなれば、建物の安全性も悪くなり危険な建物になる可能性が高いと考えられます。
設計方法による違いが分かった所で、オイルダンパーのばらつきが設計で見込んだ数値よりも大きくなった場合、建物にどのような影響が出るのか考えてみましょう。
制震のオイルダンパーのばらつきがプラス側に大きくなった場合
制震構造の場合の「オイルダンパーのばらつきがプラス側に大きくなった」とは、オイルダンパーが効き過ぎて、建物がガチガチになってしまったと考えてください。
この場合は、建物の揺れが増大し、家具の転倒や柱や梁など構造部材に被害が出る可能性があります。特に大臣認定制震の場合は、構造部材に大きな被害が出る場合もあるので、注意が必要です。
制震のオイルダンパーのばらつきがマイナス側に大きくなった場合
制震構造の場合の「オイルダンパーのばらつきがマイナス側に大きくなった」とは、オイルダンパーの効きが弱過ぎて、地震のエネルギーを吸収しきれないと考えてください
この場合は、建物の変形が大きくなり、柱や梁など構造部材に被害が出る可能性があります。プラス側と同じように、大臣認定制震の場合は、構造部材に大きな被害が出る場合もあるので、注意が必要です。
結局、制震構造だと危ないの?
先程述べた通り、設計方法によって大きく異なります。常識的な設計者であれば、ある程度の余裕度を確保しているので、ばらつきを考慮しても余裕の範囲内となるもあり得ます。建物が高層であればある程、大臣認定制震である可能性が高いので、管理会社や建設会社に確認する事をおすすめします。
問題があるオイルダンパーはどうやって交換するの?
東洋ゴムの時もそうだったのですが、実は交換が1番難しいです。ここでは、免震構造の建物と制震構造の建物のオイルダンパーの交換方法と交換に伴う問題点を説明します。
ちなみに、オイルダンパーは高額な製品で1基あたりの値段が100万円程度です。そのため、交換の際に新品を持って行き、その場で新品と交換と言う事はできず、外したオイルダンパーを持ち帰りチューニングした後で取り付ける事になります。
免震構造の場合の交換方法と問題点
免震構造の場合は、オイルダンパーが剥き出しで設置されている事や作業スペースの確保、搬入・搬出が簡単なため、交換作業は制震構造と比べると簡単です。
一番のポイントは、オイルダンパーは建物の重さを支えていないと言う事です。つまり、オイルダンパーの取り付け治具を外せば、オイルダンパーを外す事ができます。もし、積層ゴムを交換する場合は、こんなに簡単ではありません。
積層ゴムは建物の重さを支えているため、交換の際には建物をジャッキで持ち上げる必要があります。建物をジャッキアップできる会社は極僅かに限られるので、交換作業には多大な時間・費用が掛かります。東洋ゴムの偽装による交換作業が進まないのは、これが理由です。
少し話が逸れましたが、免震構造の場合の交換に伴う問題点を以下に列挙します。
- 交換のためにオイルダンパーを外した時に地震が起こったら、どうするのか?
- ピットが狭く、十分な作業スペースを確保できない場合はどうするのか?
- 交換期間中の居住者や建物の持ち主はどうするのか?
- オフィスビルや賃貸マンションの場合、交換期間中の賃料はどうするのか?
- 交換した後のオイルダンパーも偽装されているのではないか?
免震構造の場合の主な問題点は、これくらいだと思います。この中で最も大きな問題点は、ダンパーの交換中に地震が起きたらどうなるのか?と言う事です。現状では、この問題点の解決策はありませんが、常識的に考えれば新しいオイルダンパーを持ってきて、その場で交換を終える事しかありません。もちろん、その新しいダンパーの費用を誰が負担するのかと言う問題があります。
制震構造の場合の交換方法と問題点
制震構造の場合は、オイルダンパーが壁の中に設置されている事や高層階に設置されている事が多く、制震改修された建物は建物の外側にオイルダンパーを取り付けている場合もあり、交換が非常に大変です。
また、仮に壁の中や高層階のオイルダンパーを外したとして、それをどうやって地上に下ろすかも問題です。建設時はタワークレーンで搬入しますが、交換時はそうはいきません。EVが使えれば良いですが、EVに入らない場合なども考えると非常に難しいです。そもそも、オイルダンパーはメンテナンスフリーが売りなので、交換を想定していない事もあります。
免震構造の場合との大きな違いは、免震構造の場合は人が立ち入らない場所に設置されているのに対して、制震構造の場合は住戸の境の壁の中やEV周辺など常に人が使う場所に取り付けられている事がほとんどです。これも制震構造の交換作業を難しくする要因です。
制震構造の場合の交換に伴う問題点を以下に列挙します。
- 交換のためにオイルダンパーを外した時に地震が起こったら、どうするのか?
- 壁の中に設置されたオイルダンパーをどうやって外すのか?
- 改修工事で建物の外側にオイルダンパーが設置されている場合はどうするのか?
- 外した後のオイルダンパーをどうやって搬出するのか?
- 交換期間中に居住者や建物の持ち主はどうするのは?
- オフィスビルや賃貸マンションの場合、交換期間中の賃料はどうするのか?
- 交換した後のオイルダンパーも偽装されているのではないか?
制震構造の場合の主な問題点はこれくらいだと思います。「交換作業中に地震が起きたらどうなるのか?」と言う問題点は免震構造と同じですが、制震構造の場合はさらに交換作業の難しさが加わります。
交換作業中に地震が起きたらどうするのか?と言う問題は、新しいダンパーを持ってきて、その場で交換するとしても、オイルダンパーの交換が難しいと言う問題は解決しません。制震構造にとって、この問題は大きなテーマとなります。
まとめ
オイルダンパーとは何なのか、免震構造と制震構造の特徴、不正が安全性にどのように影響するのか、どうやって装置を交換するのか、について説明しました。
偽装の発覚以来、国交省から実際の製品性能でも建物の安全性に問題がない事を確認するように言われていて、実際に僕も解析して安全性の確認を行っています。
安全性の確認ができても、世の中的にオイルダンパーを使いづらくなってしまうので、設計の幅が狭まってしまうのが残念ですね。この問題は、まだまだ建設業界で尾を引きそうな印象です。
11/15 KYBが試験データの偽装以外の不適切行為を公表
詳細はまだ不明ですが、KYBが今まで報道されていた試験データの偽装以外の不適切行為をしていた事を公表しました。
これによって、本来は偽装されていたオイルダンパーの数が増える可能性と今まで本来の試験結果(偽装前の試験結果)とされていた性能が変わる可能性が予想されます。